RHCA対象国とOVHC:医療相互協定が実際にカバーするもの
イギリス、アイルランド、ニュージーランドをはじめとする医療相互協定(Reciprocal Health Care Agreement、以下RHCA)締結国の国籍または居住者は、オーストラリアでメディケア(Medicare、公的医療保険)の一部を利用できます。一見すると、海外からの訪問者向け医療保険(Overseas Visitors Health Cover、以下OVHC)に加入する必要はないように思えるかもしれません。しかし、実際にはRHCA対象国の訪問者の大半がOVHCを購入しています。その理由を詳しく見ていきましょう。
本記事は、特に日本からオーストラリアを訪れる方で、上記RHCA対象国に居住している場合や、これらの国からの長期滞在者・留学生向けの情報としてご活用ください。日本国籍だけではRHCAの対象とはなりませんが、海外在住の日本人やオーストラリアのビザ・保険制度に関心のある方にも、医療費のリスクを理解するうえで役立つ内容です。また、オーストラリアの医療制度は日本と大きく異なるため、初めての方にもわかりやすく用語解説を交えながら説明します。
オーストラリアと医療相互協定(RHCA)を結んでいる国々
- イギリス: 医学的に必要な治療、PBS(医薬品給付制度)の処方薬
- アイルランド: 医学的に必要な治療
- ニュージーランド: 医学的に必要な治療、PBS
- イタリア: 医学的に必要な治療
- スウェーデン: 医学的に必要な治療
- オランダ: 医学的に必要な治療
- フィンランド: 医学的に必要な治療
- ノルウェー: 医学的に必要な治療
- ベルギー: 医学的に必要な治療
- スロベニア: 医学的に必要な治療
- マルタ: 医学的に必要な治療
ここでいう「PBS」とは、Pharmaceutical Benefits Scheme(医薬品給付制度)のことで、政府が指定した処方薬を大幅に割引して購入できる制度です。イギリスとニュージーランドの国民は、このPBSを利用して低額で薬を受け取れます。なお、他のRHCA対象国でも、入院中に使用される薬剤は公的病院の治療の一環として提供されますが、外来の処方薬はPBS割引の対象外です。
RHCAメディケアのカバー範囲
「医学的に必要な治療」(medically necessary treatment)とは、母国に帰国するまで待つことのできない治療を指します。たとえば、滞在中に急性の病気やケガをした場合、あるいは持病が急に悪化して直ちに治療が必要になった場合が該当します。具体的には以下のサービスが含まれます。
- 公立病院での治療:公立病院での入院・外来診療が公的医療保険の対象になります(公的患者として扱われ、担当医を選ぶことはできません)。
- GP(一般開業医)の受診:GPがバルクビリング(bulk-billing)対応であれば無料で受診できます。バルクビリングとは、医師が診療費を直接メディケアに請求し、患者が窓口で支払いをしない仕組みです。
- PBS処方薬:イギリスおよびニュージーランドの国民は、PBS対象薬剤が政府補助により割引価格で提供されます。例えば、一般的な抗生物質が数ドル程度で購入できることがあります。
- 救急診療:公立病院の救急外来はメディケアの対象です。
これらのサービスは、RHCAメディケアカードを提示することで利用できますが、すべての医療費をカバーするわけではありません。次に、重要な「対象外」項目を確認しましょう。
RHCAメディケアの対象外となるもの
RHCAのカバー範囲は限定的で、とくに以下の項目が大きなリスクとなります。
- 救急車:まったく対象外です。オーストラリアでは救急車が有料で、たった1回の利用でも1,000豪ドル以上(日本円で約10万円以上、1豪ドル100円換算の場合)かかることがあります。州によってはさらに高額になるケースもあります。
- 歯科治療:虫歯治療、抜歯、歯科検診など、すべて対象外です。
- 眼科的ケア・メガネ:視力検査やメガネ・コンタクトレンズの費用はカバーされません。
- 理学療法(フィジオセラピー):ケガのリハビリや慢性的な痛みの治療も対象外です。
- 私立病院:私立病院での治療は一切カバーされません。公立病院であっても、医師や病室の選択はできず、待機時間が長くなることもあります。
- 選択的手術(美容整形など):医学的緊急性のない手術は対象外です。
- 既往症の管理:滞在中に「医学的に必要」と判断された場合に限り治療が受けられます。たとえば、高血圧の定期的な通院や薬の処方は、RHCAではカバーされない可能性が高いです。
さらに、薬剤に関しても注意が必要です。PBS割引が適用されるのはイギリス・ニュージーランド国民のみで、他のRHCA国の方が外来で処方薬を受け取る場合は全額自己負担となります。
RHCAメディケアはビザ条件8501を満たすか?
オーストラリア移民局(Department of Home Affairs)は、RHCAメディケアへのアクセスだけではビザ条件8501(適切な医療保険の維持)を満たさないと明言しています。これは、学生ビザ(サブクラス500)や卒業生ビザ(サブクラス485)、就労ビザ(サブクラス482)など、一時滞在者向けの多くのビザに付されている条件です。
したがって、RHCA対象国の方であっても、オーストラリア政府に登録された保険会社(Bupa, Medibank, Allianz Care, ahm, nibなど)が提供するOVHCに加入しなければなりません。一部のケースでは、RHCAカバー内容を説明するレターを添えて申請し、受理されることもありますが、確実な方法ではありません。ビザのコンプライアンスを守るためにも、OVHCを購入することを強くお勧めします。
なぜRHCA対象の訪問者の大半がOVHCを購入するのか
上記のとおり、RHCAメディケアだけでは、救急車費用や歯科治療といった高額になりがちな医療費がカバーされません。救急車だけで1回10万円以上の出費になりうることを考えれば、月々のOVHC保険料は十分に「安心料」として価値があります。そのため、多くのRHCA対象者が次のようなOVHCを選択しています。
-
格安OVHC(月額約80〜100豪ドル、約8,000〜10,000円)
救急車カバー、GPの自己負担差額(バルクビリング非対応時の差額)の補償、歯科や理学療法などの一部エキストラが含まれることが多いです。公立病院での入院は、引き続きRHCAメディケアが適用されるため、基本的なケガや病気には十分対応できます。 -
中級OVHC(月額約120〜150豪ドル、約12,000〜15,000円)
私立病院オプションが追加され、待ち時間を短縮できたり、より手厚いエキストラ(例:メジャーな歯科治療、眼鏡補助)が受けられます。公的病院の混雑状況に左右されず、柔軟に医療を受けたい方に適しています。
日本からオーストラリアに渡航する観光客や短期滞在者は、通常OVHCではなく海外旅行保険を利用しますが、これらの保険でも救急車や歯科の補償内容をよく確認することが大切です。
RHCAメディケアへの登録方法
RHCAメディケアを利用するには、オーストラリア到着後に以下の手続きを行います。
- 現在のパスポートと、ビザ許可レター(Visa Grant Notice)を持参し、最寄りのサービス・オーストラリア(Services Australia)センターを訪問します。郊外や地方都市にもオフィスがあります。
- メディケア加入申込書(Medicare enrolment form)に必要事項を記入します。英語が不安な方は、通訳サービス(TIS National)を利用することも可能です。
- 通常、2〜4週間でメディケアカードが郵送されます。
- カードが届くまでの間も、仮のメディケア番号が発行され、すぐに医療サービスを受けることができます(医療機関で番号を伝えれば請求処理が可能です)。
なお、RHCAメディケアの有効期限はビザの滞在許可期間と同じで、帰国またはビザが切れると失効します。
よくある質問
RHCAメディケアとOVHCの両方を持っている場合、GP(一般医)ではどちらを使うべきですか?
まずOVHCカードを提示してください。GPがバルクビリング(メディケア直接請求)に対応していれば、メディケアで全額カバーされます。もしバルクビリングを行っておらず自己負担(ギャップ)が発生する場合は、その差額をOVHCに請求できます。クリニックによって対応が異なるため、受付でどちらの保険証を使えばよいか確認すると安心です。
RHCAはパートナーや子供も対象になりますか?
はい、同一ビザに記載されている家族(配偶者や扶養する子ども)は、全員がRHCAメディケアの対象となります。ただし、家族それぞれが個別に出国前の海外旅行保険などに加入している場合は、補償内容が重複しないよう確認が必要です。
妊娠・出産でRHCAメディケアは使えますか?
妊娠は医学的に必要な治療と見なされるため、公立病院での妊婦健診(antenatal care)および出産はカバーされます。しかし、私立の産科医に支払う費用や、個室料金などは対象外です。もし出産を予定しているなら、OVHCで追加の公立病院利用特約や出産関連費用のカバーがあるか確認するとよいでしょう。一般的にOVHCの待機期間(12か月)が適用されるため、事前加入が必須です。
日本にもRHCAのような制度はありますか?
日本はオーストラリアと医療相互協定を結んでいません。そのため、日本国籍の方が観光や留学でオーストラリアに行く場合は、必ず海外旅行保険またはOVHCに加入する必要があります。一方、日本と医療相互協定を結んでいる国は限られており、海外在住の日本人がこうした制度を知っておくと、渡航先の医療費リスクを減らせるでしょう。
出典: Services Australia RHCAガイドライン(2026年)、オーストラリア移民局ビザ条件8501に関するポリシーガイダンス
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